2006/8/28
6.ナスと キュウリと トマト
どこにでも転がっていそうで、無いと決まらないのがナスとキュウリとトマト。
今は亡き親父が最も好んだのが、“ナスの塩もみ”だった。大でも小でも、適当なナスを採ってきて(戦後、国民学校3年生のとき朝鮮から引き揚げてから、中学生になる春に両親が買った中古の家には、十分な野菜がとれる畑が付いていた)包丁で軽く、まだらの筋状に皮をむき(半分くらい皮を残して)、5ミリ程度にどんどん輪切りにする。これを山盛りボウルに入れて、塩を振りかけて手揉みにする。
その頃は、それまで住まわせて貰っていた河口の母の実家の近くにも塩田があったし、日本各地にも残っていたから、塩は天然の苦味のある塩だった。今も家では、塩がポイントの料理には、近所の店“バーキング・カフェ”が扱う小笠原の手製塩か、インドの岩塩を愛用する。「藻塩焼く」という古くの日本の伝統的な塩にまつわる言葉があるが、忘れたくない。
揉んでいるとナスから褐色のアクを含んだ水分が出てくる。十分に水気を出し切るように絞る。このまま食べても良いし、軽く水洗いして絞ってもよい。これが親父の大好物であった。だからというか、もちろん自分にも大好物である。適度に残した皮の感触と、さっぱりとした塩味が何とも言えず美味しい。どんなご馳走にも勝って、他の何ものも要らない。キュウリを使っても同様だが、自分はナスの方が好きだ。アクが残っているような大人の感触が何ともいえない。
4年ほど前だったか ひいきにしていた航空会社の旅行クラブの企画で「観光地に行かない旅」といった趣の格安ツアーに飛びついた。高知空港に着くと、一行はチャーターバスに乗り、高知の市内には寄らず、一目散に東に走る。
もうすぐ開通という“高知くろしお鉄道”?だったか、の見学や、岩崎弥太郎生家だとか中岡慎太郎生家に寄った以外は、土地の“ゆずの里”や日本一の“ナスの里”などの協同組合を見学した。ここで、関東にも出回っている“高知のナス”を知ったことが思い出される。その規模たるや半端じゃない!ナスの大工場の呈である。
室戸岬では弘法大師ゆかりの最前崎寺(ほつみさきじ)に寄り、明けの明星に悟ったという岬の洞窟に入った。室戸岬の漁港では定置網の現場まで、特別仕立ての漁船に乗って見学した。超スピードで網の中を逃げ惑う走りのカツオが、網が絞られてきて、行方をさえぎられて止まると、瞬間、命が絶えるという現場を見て寺然の凄さを実感した。
カツオは動きが止まると即死だそうだ。カツオが潔く呼ばれるのはこんなところから来るのだろうと、すっかりカツオが好きになった。漁港に戻って婦人会の提供になる本場のタタキを戴いたのも感激。おまけに室戸沖の海洋深層水をくみ上げているという現場も見学しあらためてその威力を知った。
宿泊は協同組合の研修所らしかったが、仲間が出来楽しく過ごせた。中に、以前入魂にしていただいていた方が母堂の看護のため広島の郷里に引き揚げる際、お宅を譲り受けたというご夫妻を偶然知り合うことができた。後にも先にも、このようなユニークな温かみのあるツアーは無い。農協旅行に始まり、今やツアーばやりだが、上っ面だけの「見る買うツアー」では得られない旅行を目指したいものだ。
ナスの話から思わず室戸岬に飛んだが、先日、母の二十五年法事に帰省して、ついでに山口県の長門湯本温泉泊まった。 幼い頃からよく来た温泉だが、泊まるのは初めてである。懐かしい湯町の公衆浴場は「恩湯」といって仙人のお告げにより住吉さまが与えてくださったという。ホテルにも温泉はあるが、懐かしいこの温泉に入って帰る夕刻、家内のジンは町の八百屋さんで見事なナスが驚くほど安いのを見つけた。大きい箱の半箱なら売るが、小分けはしないそうである。一箱600円、半端な量では無いそうで、ジンは他の野菜も選んで宅急便に仕立てた。
子どもの時馴染んだ長州ナスが、送料と同じくらいで格安というのだから気が乗ったのだろう、うちは野菜だらけ・だらけ である。早朝、ホテルの7階の部屋から、その八百屋さんの店先を見下ろすと、午前4時半にすでに店は開いており、入荷の中トラックが集まっている。この湯町の旅館やホテルの食材を供給しているのだろう。「だらけ・だらけ」は小さい方の孫娘が発明した「たくさんある」時の言葉である。
そのときはナスの塩揉みを堪能したし、ナス料理オンパレードだった。わが家の「家庭菜園」にはトマト、キュウリは十分にあるが、ナスは植えていない。案外ナスは難しいし、例年、苗を買って作るより安く手に入る。ましてや室戸のナスを見学して、愛着が沸いたのである。
塩揉みのほかは、北海道での自炊で覚えた電子レンジを使っての焼きナスも素晴らしい。 冷やして食すると、恵庭の居酒屋“惚れ太郎”を思い出す。安くて、店の連中が若くて、親切で、自分たちの起業に一生懸命だった。毎夜夕飯に通った。 北の「しめ鯖」、「海鮮ポテトサラダ」、「オホーツクのホッケ焼き」、「惚れ太郎焼き鳥」などなど、思い出すたびにもう一度行ってみたいと思う。
今回のナス騒ぎで、わが家にとっては新しいレシピが出来た。「ナスの芥子漬け」を作って差し上げた近所の方が教えてくださった。出来上がった様子だけで言うと、「ナスとキュウリのぶつきり冷せい」である。ナスとキュウリを冷製にし、酢とオリーブオイルでの味つけが効いていて、美味しい。
身体は不自由で立っているのも辛く、座るのも不自由で、仕方なく横になる。勢い、早く寝るから朝は早く目覚め、腹が減る。リハビリにと、庭で採れるトマトを、麻痺した右手に包丁を持たせ、手を切らぬように注意して、どうにか薄い輪切りにする。それを6枚切り食パンに並べる。ハムがあればハムを、ソーセージなら半分にしてその上に並べる。マヨネーズをかけてトースターで3,4分焼く。
サンドイッチにしないから多少食べにくいが、最高に美味しい。トマトの酸味は焼くことで光る。マヨネーズが酸味と調和して絶妙。思わずコーヒーを淹れる。洋光台のバーキング・カフェのコーヒーがわが家のコーヒーである。 今日も生かして貰い、美味しい食べ物にありつける幸せをあらためて感じる。
「箸取らば 天地御世(あまつちみよ)の恩恵み 祖先や親の恩を忘るな。 戴きまーす」 五,六十年前の食前の「オマジナイ」である。
・写真1は長門湯本の白木屋グランドホテル7Fの部屋から見た早朝の八百屋さん(白い看板の店)と河岸の足湯
・写真2は室戸の明星岬(弘法大師が洞窟に篭って明けの明星が口の中に飛び込み身体を貫いたという体験をして悟ったといわれる。洞窟前の岬のスケッチ。)
・写真3はナスとトマトの甘酢冷製
(つづく) |